未来の海を読み解き、デザインする。

フジウロコ大橋水産が描く、水産業の「クリエイティブ・メーカー」への転換
北海道・札幌を拠点に、高級ホテルや料亭から信頼を寄せられる水産卸、フジウロコ大橋水産。創業から約70年、彼らは北の海の豊かさを食卓へと繋いできました。しかし現在、単なる「卸売業」という枠組みを超え、水産業のあり方を根本から再定義しようとしています。
会社名:株式会社フジウロコ大橋水産
設立年:1957
WEBサイト:https://ohashi-suisan.com/
Contents
定山渓から札幌へ、時代の変化と共に歩んだ歴史
フジウロコ大橋水産の創立は1957年(昭和32年)。札幌オリンピックを目前に控え、北海道が急速な近代化へと向かう激動の時代でした。創業当初の主な拠点は、札幌の奥座敷と呼ばれる定山渓温泉。賑わいを見せる温泉街のホテルに向けた地場産魚介類の提供が事業の中心でした。しかし、オリンピック開催に伴う交通網の整備は、人々の流れを劇的に変えました。宿泊需要が札幌市内へとシフトしていく中で、同社もまた拠点を現在の札幌市へと移転。地場産のみならず、冷凍技術の発展とともに多様化する輸入食材を取り入れながら、北海道の観光・宿泊業を支える「食のインフラ」としての地位を確立していきました。


「40年の目利き」を越える、将来予測というセンス
大橋氏は、学校卒業から一貫して水産業界に身を置き、魚を見続けて40年近くになります。33歳で先代から経営を引き継ぎ、バブル崩壊や震災、パンデミックといった数々の荒波を乗り越えてきました。長年の経験から培われた「目利き」の力はもちろんですが、彼が今、最も重要視しているのは、その先にある「予測力」と「提案力」です。
「単に良い魚を見抜くだけの時代は終わりました。これからは、自然環境の変化や社会のニーズを5年、10年先まで読み解くセンスがなければ生き残れません」。気候変動の影響で、かつて北海道の象徴だった鮭が獲れなくなり、代わりにブリやフグといった「南の魚」が北上している現実。この不可逆的な変化を悲観するのではなく、いかに新しい「北海道ブランド」の商品へと昇華させ、顧客に提案できるか。大橋水産は今、受注したものを届けるだけの卸売業者から、自ら付加価値を生み出す「メーカー」へとその姿を変えつつあります。
素材、技術、ネットワーク。三位一体のプロダクト開発
同社が掲げる新時代の水産業には、三つの柱があります。「将来を見通す能力」「付加価値を生む加工技術」、そして「良質な素材を確保するネットワーク」です。
例えば、看板商品であるホッケの開きひとつをとっても、ただ干すだけではありません。「素材に最適な温度管理と加工を施すことで、従来の一夜干しを超える一品を創り出す。素材があぐらをかけない時代だからこそ、技術とアイデアでその魅力を最大化しなければならない」と大橋氏は説きます。この実直かつ創造的なアプローチは、東京や大阪、九州といった全国のハイエンドなクライアントを惹きつけてやみません。


グローバルなマーケットへ、北海道の「真価」を届ける
現在、大橋水産が最も注目しているのは海外市場です。和食文化が世界的なスタンダードとなり、世界中で日本の食材が求められる中、かつての「輸入中心」から、積極的に北海道の真価を外へ発信する「輸出」へのシフトを加速させています。
「北海道というブランドに甘んじることなく、グローバルな視点でマーケットを捉えなければなりません。世界中の人々が、私たちの提案する魚を通じて北海道の自然(Nature)を感じ、喜んでくれる。そんな未来を見据えています」。
10年、20年先、北海道の海がどんな姿になろうとも、フジウロコ大橋水産は確かな目利きと柔軟な発想で、最高の「魚」をデザインし続けます。自然と共生し、変化を恐れず、海の恩恵を未来へと繋ぐ。彼らの挑戦は、まさに「Made with Nature」の精神そのものです。
